谷の第一印象、それは「気骨のある、面白い若者だなぁ~」

ラトリエ・ドゥブテイユ(日本一小さなパン資料館)/仁瓶 利夫

師匠の仁瓶さん(右)

谷を知ったのは1995年頃だったと記憶しています。当時、彼はドンク京都北白川本店でチーフとして働いていました。

1997年、私は社長から技術指導で草津近鉄店に入ってくれと言われました。「どうして関東から、わざわざ行かなきゃならないんだ!」と思ったのですが、社長命令では仕方ありません。

「質の良いパンをお客さまに提供したい。だから技術指導をつけてほしい」という谷の熱い想いがあったのです。それで谷は社長に直談判したという訳。そのひたむきな若者の想いが社長とわたしの心を動かしたのです。なかなか社長に面と向かって意見する人間はいませんから。それで、彼という人間に興味を持つようになり、実際、一緒に仕事をしてみるとパンに向かう姿勢が真剣で、これまでわたしが培ってきたものを全て彼に伝えたいという気持ちになりました。

約1週間ほどだったでしょうか、草津近鉄店で技術指導をしたのは。

その後、「この男なら研修で必ず多くのことを吸収して帰ってきてくれるはず!」と確信し、関東から一人、そして関西からは谷をヨーロッパ製パン研修に推薦しました。これが2002年のことです。

期待通り多くのことを学び取った彼は、一回りも二回りも大きくなって帰国しました。経験がものを言うのですね。推薦した甲斐があったってもんですよ。その後、彼は独立開業するのですが、ヨーロッパ研修に於いて、とりわけイタリアに興味を持ったようです。

イタリアの食文化を学んだり、現地のパン屋に飛び込み修行をしたりと、飽くなき好奇心と熱意でイタリアパンの技術を習得し、今に至ります。

それがお客さまから美味しい!と言われる壱製パン所で大人気のピッツアビアンカやマリトッツオなのです。本場を知っている人間だからこそ、焼けるパンですよね。

そのピッツアビアンカは、かつてわたしが教えたパン・ド・ロデヴからヒントを得て試作を重ねたと。それって、嬉しいじゃないですか。わたしが教えたことを大切にしてくれている。そういう彼だからこそ、今も変わらず付き合っていられます。

先だって、谷から「僕が住む近江八幡の料理人たちに向けて、パン講習を開いて欲しい」との依頼があり、彼の店へと行ってきました。様々なジャンルの料理人たちが集まり、熱心に耳を傾けてくれました。彼には良い仲間がいるんだなぁと、妙に納得と安堵する自分がいました。いや~実に楽しかったですね。良い講習会でした。

パンというのは、ハレの日のものではなく。その地域の人々が、日常的に口にする食の一つであり。美しく見栄えするとか、お洒落とか、そういうことではなく。日々の暮らしにパンがあり、そのパンを提供することができるのは、地域に根付き頑張っているパン職人がいてこそ。谷が純粋にパンを愛し、ひたむきに研鑽を重ねていること。そして地元を大切にし、地域の人々と手を携え頑張っていること、わたしはとても嬉しく誇りに思います。この先も、真の意味で美味しいパンを焼き続けていってくれることを期待しています。

この近江八幡という地に、壱製パン所あり!ですね。